さいとうのプロフィール

「俺、会社辞めるわ!転職はしない!!」

そう、嫁と両親に告げた2012年11月。

はじめまして、管理人のさいとうと申します。
アフィリエイト通信をご覧頂きありがとうございます。
またプロフィールにまで興味を持って頂きありがとうございます。

勤めていた会社を2013年に退職。
それから、アフィリエイト1本で生活しています。

サイトは他にいくつも持っていますが、メインとなるサイトはココ。

他のサイトで物販やってみたり、アドセンスやってみたり、
YouTube動画投稿してみたり、メルマガやってみたり・・・・と
いろんなことをやっています。

もちろん、失敗もたくさんしています(笑)

まぁ、失敗というのはその時点で止めてしまえば失敗、
その後の成功につながるのなら、過程となるので(持論)、
失敗してもあまり・・・というか全く落ち込みません。

そのおかげで、アフィリエイトだけで生活していけるようなりました。

成果をお見せします。

報酬画像

元々は、報酬をどこにものせていませんでした。
ただ、ある信頼している方から「載せたほうがいいよ!」と
かなり納得できる理由と共に指摘してもらいましたので、公開します。

ただ、稼いだ金額が全てではないと思っていますし、
こんな記事も書いていますので、当サイトだけでなく報酬報告は参考程度にみてください。

 ■参考:アフィリエイトの報酬画像は簡単に偽造できる!?

もちろん、生活するためにはお金が必要なので稼がなきゃいけません。
嫁も子どもいるので無一文というわけにはいかないです、実際。

ただ、私が一番大切にしているのは、

自分の人生、楽しく生きているか?

これだけです。

そして、楽しく生きるためには時間が絶対必要です、私の場合。
それも、「自分で自由にコントロールできる時間」です。

そう考えた時に、会社員でいることにもの凄く違和感がありました。

私が働いていた会社はIT系の中小企業だったのですが、
9:00~18:00が”一応の”就業時間でした。

一般的な時間帯だと思います。
IT系なんで残業もそれなりにありました。
残業がない会社の方が珍しいと思うし、残業代も出ていたので文句はありません。

ただ、この9:00~18:00(遅い時は~23:00とか)を
縛られていることに少なからず疑問を感じていました。

電車通勤とかもしていたので、朝起きるのは7:00頃。
準備して、移動して、会社に到着して働く。

ものすごく一般的なことを私もしていたんですが、ある日突然・・・

「あぁ、これ違うわ」

いきなり思いました。

根本的にサラリーマンが合っていなかったんだと思います。
何が違うかって?基本的には・・・

 ・時間を縛られる
 ・やりたくないこともやらなきゃいけない
 ・時間を切り売りしている

「なにガキみたいなこといってるんだ?」と思われるかもしれませんが、
こう思っちゃったものは仕方ない、これが自分だと割りきりました。

ある日突然「違う」と思ってしまった。
そう思った時に、じゃあ今後どうするか?
ひとつしかありません、会社を辞める。

ただし転職はしない。
そもそも、会社がイヤで辞めるわけじゃありませんので。
サラリーマンがイヤでやめるので転職という選択肢はないのです。

幼少期~中学生時代

時を少しさかのぼって1980年台前半、私は福井県の片田舎に生まれました。

ちなみに、福岡や福島とよく間違えられる福井県はこの位置です。
ちょうど日本列島の真ん中、日本海側です。

幼少期は母親が保育士をしていたこともあり、ずっと市内中心部の保育園に通っていました。
母親の転勤とともに保育園を転園、その数3つ。多いか妥当か微妙な数字です。

最後にいた保育園でとにかく喧嘩していた記憶があります。
お昼寝の時間を無視してまで、体育館(のような場所)で喧嘩。

なぜあそこまで凶暴になれたのか、今ではわかりません。

そして小学校入学、市内中心部の保育園から実家近くの田舎小学校へ入学ししました。
同級生は小学校近くの幼稚園卒園組ばかりだったので、
最初は友達はいなかった・・・と思います。(うろ覚え)

1学年50人程度とこれまた微妙なちょっと少なめの数。
でも、中学生もこのままのメンバーなので付き合いは深くなりました。

勉強はソコソコ、運動もソコソコとまったりした低学年時代を送ります。
ただし、図工はとにかく苦手・・・絵が超ヘタでした。掛け算はちょっと得意。

ですので、ブログデザインもあまり自信はありません。
絵と違って、HTMLとCSSを変更すれば思い通りになってくれますが、
根本のクリエイティブさがたりないのは、今後も埋まらない溝です(笑)

あ、大切なことを言い忘れました。
小学校3・4年生の時が、人生初のそして唯一のモテ期です(笑)

野球に明け暮れた?小中学時代

4年生になり、野球部に入部します。
ここから約6年間、野球とともに成長していきます。

最初に任されたポジションはキャッチャー。
実は肩がよくて遠投の県大会で2位を取るなど、才能を開花(?)していたので、
「肩がいい=キャッチャー」と、なんとも短絡的な考えで抜擢されます。

しかし・・・
キャッチャーというのは、ずっとしゃがんでいるポジションなんです。

catcher

そして、そのしゃがんでいるのがすごく疲れる・・・。
ホームのクロスプレーで足を削られて怪我をする・・・。

とにかく、キャッチャーが嫌いでした(笑)

そんな中、ある日の紅白戦(チーム内で2つに分かれて試合)で転機が訪れます。
紅白戦ということで、ある程度自分たちの希望通りのポジションに入ります。

この時、誰もピッチャーをやりたがらなかったので、
「じゃあ俺が」ということでピッチャーに立候補!

その時、当時の監督さんから認めてもらえて、以降ピッチャーをやり続けます。
晴れて、キャッチャー卒業の瞬間でした!!

ピッチャーはとにかく楽しかったです、ここから中学校卒業までピッチャーをやりました。
楽しかったんですが・・・小学生時代は非常にダメダメピッチャーでした。

とにかく、コントロールが悪すぎる。

最初の公式戦で、初回に3連続四死球からの満塁ホームランを浴び、
その4点で4-0で負けるという試合をしました(笑)

とにかくフォアボールとデッドボールを乱発してしまい、
小学校時代は、ノーコンピッチャーとして幕を閉じます。
それでも6年生の時は「背番号1(エースナンバー)」をもらっていたので、
つくづく小さい小学校だったんだなと思います。

私が6年生の時の練習試合・公式戦で1勝もしていません(笑)
弱小すぎだろ、うちの野球部・・・。

中学生になっても引き続きピッチャーをやります。
中学生になると、多少コントロールもよくなり変化球(カーブとか)も使えるので、
ソコソコ勝てるようになります。メンバーは小学生から変わらないんですけど。

結局、最後までピッチャーをやり続けますが県大会出場はできず、
私の野球人生はここで幕を降ろします。

実は勉強もできた!?

中学生時代になると、中間テスト・期末テストとしっかりテストがあり、
学年内できっちり順位付けされる時代でした。

そして中学1年の最初の中間テストで・・・なんと2位!(50人中)
小さい中学校ではありますが、かなり嬉しかった覚えがあります。

この時の1位は、同じ野球部のH君。
結局、3年間で1度も順位を上回れませんでした。

ギャンブラーの芽が出始める

mah-jong

中学生時代にもう一つハマっていたこと、それはマージャンです。

私の中学校はテスト前になると部活が休みになる期間がありました。
当然、テスト勉強に充てろという学校側からのありがたい(?)施しなのですが、
その休みを利用して、私・H君・N君・Y君の4人(全員野球部)で
ずっとマージャンに明け暮れました。

このH君は、中学1年の最初の中間テストで1位を取ったあのH君です。

H君を始め、4人ともそこそこ成績は良かったので、
各両親、先生からは何も言われるませんでした。

今みたいに、インターネットがまだまだポピュラーではなかったので、
友達と4人で雀卓を囲みながら、「ロン、メンタンピンドラドラ」とか
マージャンをやらない人には呪文にしか聞こえない言葉を発していました。

今は、たまにネットで楽しむぐらいです。
しかし、ここが今後始まるギャンブラーとしての出発点となります。

高校生時代

野球、マージャンなど勉強以外のものに熱を奪われつつ、
学校ではソコソコ勉強ができる方だったので、高校はそのまま地元の公立校へ。

進学する人が大半だけど、東大・京大などの超名門大学へは
各学年で1人合格するぐらい・・・という、またまた中途半端な数字。

高校は、地元中学から人が集まってくるので1学年300人ほど。
その中で、入学当時の成績は上の下ぐらいで、まだまだ中学時代の勉強財産が残っていました。

遂にパソコンが実家に導入される

高校2年の時、遂にパソコンが実家に導入され、
同時にインターネット回線も開通、ちょうど2000年ぐらいでしょうか。
当時のOSはWindows98、回線もISDNという低スペック。

windows98

当時のネットは今では考えられないぐらい遅く、
画像を表示すると、上から少しずつ見えてくるという状態でした。
アフィリエイト通信だと、トップページ表示するのに1分ぐらいかかりそうです・・・

それでも、当時はインターネットというのが画期的で(自分的に)
いろいろなホームページを覗いたり、簡単なゲームをしたり、
それこそ時間関係なくハマリました。

特に1番ハマったのが「チャット」です。
どこの誰かもわからない人たちと、文字だけで話し合う。もの凄くハマリました。

私のタイピング速度が著しく成長したのはこの時です。
でも、タイピングが全部独自なのでホームポジションとか知りません(笑)

学校から帰るとPCを立ち上げてネットサーフィン&チャット、
当時は常時接続などなく、従量課金制だったので・・・父親に迷惑かけました(笑)
テレホーダイとか懐かしくなります。(未だにあるみたいです、テレホーダイ

ひどい時は、次の日の学校とか考えずに朝の7時までチャットやってました。

そして、ネット利用時間が増えるに連れて下がるもの・・・そう、成績!

高校2年から目に見えて下がりました。
最初、偏差値60ちょいだったんですが・・・高校3年生の時には50前半。

3年生の時にもらった模試の成績グラフはまさにナイアガラ状態!
1回の模試ごとに2,3ずつぐらい偏差値下がっていきました、あがることなく。

それでも、この時PCとネットに出会えたのは非常によかった。
この時がなければ、大学で情報系に進んでいないですし、絶対SEにはならなかったと思います。

そしてなにより、今アフィリエイトの世界に飛び込んでいなかったでしょう。

そんな感じで、高校時代は野球もやらず、勉強もソコソコにPCにかじりつき、
気づけば高校3年生で受験の時期・・・志望校どうしよう?

そもそもやりたい事ができる大学に!みたいな幻想は全くなく、
とりあえず大学は行きたいけど、どうするかな~・・・という状態。

そこで思い浮かんだのがPC。
ここまでハマっていて、今後PC使って仕事したいな~となんとなく思っていました。

今では、オフィスでPC使わない方が珍しいほどに普及していますが、
昔は、「PCを使う仕事」と漠然とした考えしかありませんでした。
そこで志望は工学部・情報科に決定!

そこからは、少しPCの時間を減らし(チャットは相変わらず)、
受験勉強をある程度やる、という日々が続きました。

チャット仲間の中に受験生が何人かいたのも懐かしいです。
彼らは今頃なにしているんだろう?

入試はセンター試験で50点ほど足りず、それでも志望校を強行受験
そして見事不合格!!後期試験で第2志望の地元国立大学(いわゆる駅弁)に合格しました。

もともと裕福でもないので、私立の考えはなく
また、地元の大学だったのでほっとしました。(お金の面で)

大学時代

school

地元の大学でしたが、実家から通うには厳しい距離(できないことはない)。
ということで、大学近くに一人暮らしさせてもらうことに。

華の大学生活!!なんてことはなく、最初は普通に講義に出て、
普通に帰って、テレビを見る、パソコンでネットサーフィンの生活です。

第2のギャンブル生活

大学時代にハマったのは、スロット(パチスロ)です。

中学時代の友達と久しぶりに遊んだ時に教えてもらい、
そこから、アホみたいに打ちに行くようになります。

大学の友達も巻き込み、だいたい4、5人で毎日打ちに行きました。
ただし、大学はほどほどキチンと出席し留年はしていません。
卒業時の単位は卒業資格ギリギリでしたが、なんとか一線を越えずに済んだ大学生です。

最初は預金から1万円おろしてパチスロに使うことさえ躊躇していたのに、
途中からは、3万円は持っていないと勝負にならない状態にまで(笑)

本当に金銭感覚が変わっていきました。
1日の最高負け額は14万円・・・ATMへ3回行きました。

スロットは、やりたければ趣味の範囲でやるべきだと思うし、
勉強や仕事など、その時に打ち込むべきことを放棄してまでやるものではありません。

しかし、この時ひとつだけよかったなと今思うのは、「金銭感覚が変わったこと」です。
あえて、「金銭感覚が狂った」とは言いませんでした。

それは、この時にある程度大きな金額のお金を使うことで(使い方の良し悪しは別)、
アフィリエイトを始めてからも投資を惜しまなくなったからです。

もちろん、次から次へと情報商材を買い漁るとか無駄なものではありません。
ドメインやサーバーなど、アフィリエイトに必要なものであれば、
躊躇なくお金を払いますし、それは商材やツールでも同じです。

必要かどうか?はもの凄く悩みますし、精査にも時間をかけます。
しかし、必要だと決まった時にはお金を払うことに躊躇はありません。

それは、このスロットにハマった時の金銭感覚が今でも染み付いているからだと思います。
しかし、実生活は至って普通です。家のローンはありますが、他の借金はありません(笑)

さて、大学時代はしっかり単位は取りつつ主戦場はパチンコ屋と、
ほぼまっとうな大学生時代を送っていませんでしたが、
3年生後半ともなると、徐々に迫ってくる就職活動の足音。

両親には公務員になることや大学院への進学も勧められましたが、
公務員は元々興味がなく、大学院で勉強したいこともなかったので、
地元企業を中心に就職活動をしました。

地元の中小企業でシステムエンジニアとなる

se

私が選んだのは地元の従業員100名程度の中小企業でした。
高校時代にPCを使った仕事をしたいと志して、
その夢(?)が見事にかなった、IT企業への就職でした。

職種はシステムエンジニア(以降SE)、名前だけは昔からかっこいいです(笑)
ITバブルもはじけて、徐々にIT企業の凋落が叫ばれていた時代でした。

思い描いたのと違う仕事内容

SEというと、結構勘違いされるパターンも多いです。
会社の後輩でも、勘違いして入社した奴も大勢いますし、
なんといっても、私も入社後に違うな・・・と思った1人です。

SEは会社のHPやECサイト(楽天のような)をつくるような仕事ばかりではなく、
むしろ私の会社は、銀行や保険などのお堅い企業の社内システムが中心でした。

「ホームページのデザインをやりたいんです!」と言って辞めた後輩もいました。
「それはどちらかと言うとデザイナーだろ・・・」とツッコみたくなりましたが、
確かにSEという職種は幅広く、そうとう企業研究しないとわかりません。

しかも、田舎の中小企業なのでそんな大企業の銀行や保険会社(発注元)と
直接契約できるわけではなく、いわゆる下請けというやつでした。

そして、華やかなイメージをしていた業界では全く無くて、
緻密な設計と膨大なテスト・・・なにより、胃の痛くなる交渉の連続。

『プログラマ(SE)35歳定年説』という、IT業界では有名な言葉があります。

このぐらいの年齢までしかできない・・・という意味です。
もちろん、一緒に仕事をさせて頂いた人には35歳を超えた人もたくさんいて、
第一線で活躍している方も大勢見てきました。

しかし、やはり入れ替わりは激しいです。
私の会社でも入社して3年目には、同期が半分になっていました。

人生最悪の時、さいとう26歳

私が26歳の時に、人生最悪の時代を迎えます。まさに暗黒期。

少し前から、社内でも認めてもらえるようになってきて、
プロジェクトのリーダーを任せてもらえる立場になりました。

先輩などを事実上の部下(管理職ではないですが)とするようになり、
慕ってくれる後輩もそれなりにいたので、結構楽しかったです。

しかし、上に行けば行くほど理不尽なことも多く、
お客さんとのコミュニケーションも増えてきます。

その時相手にするのは、この業界20年ぐらいの大ベテランや、
お客さんの会社でも上のポストの方ばかりで、年齢もかなり上です。

もちろん、一生懸命頑張りました。
自分の上司や先輩からできる限り吸収して、
対等にビジネスができるように!!と頑張りました。

自分で言うのもなんですが、頑張りすぎました・・・。

これが災いして精神的に病んでしまいます。
今では全然大丈夫なのですが、当時は本当に死ぬことさえ考えました。
今考えれば、自分の弱さも多分にありましたが、
当時は、本当にどうすればいいかわかりませんでした。

会社を一時休んだり、就業時間制限を付けてもらったりもしました。

しかし、それも1年ほどでなんとか復活(?)して、
徐々に前の自分に戻っているような気になりだしました。

会社の後輩と結婚、1児のパパへ

この頃、嫁と付き合い出しました。
元々、会社の1つ後輩で途中から同じプロジェクトで仕事していました。

社内恋愛非推奨の会社(なぜか)で社内結婚したところ・・・
明示的に社内恋愛禁止となってしまいました、後輩たちすいません(笑)

嫁と付き合って、約1年半で結婚しその年に娘が生まれます。
※デキ婚ではありません・・・

完全に、私目線になってしまいますが嫁は可愛いです(笑)
社内でも人数は少ないながら、結構評判の女性で、
女優の井上真央さんや松下奈緒さんに似ているとたまに言われます。

しかし・・・
娘はそれ以上に可愛い!はい、親ばかで申し訳ありません!!

生まれた時からもちろん可愛いんですが、
どんどん女の子らしくなっていき、昨日より今日が可愛いです。
バカ親・モンペにならないように気をつけます・・・

嫁と子どもいるのに会社辞めたの!!?と驚かれると思います。

もちろん、最初は躊躇しました。
家族を養うのに安定した収入は欠かせません。

しかし、
冒頭でも述べたとおり「違うな」という感覚になっていったのです。

ちゃんと自分の人生と向き合うようになり、
こんな違和感のまま、会社に居続けてもしょうがないなという思いが
日に日に強くなっていったのです。

そこで会社を辞める決意とアフィリエイトを始める決意をしました。

そのことを嫁、両親にしっかり話しました。
みんな、理解してくれて応援してくれています。

この時は、今まで以上に
「なんて良い家族なんだ・・・」と改めて実感できました。

と同時に、絶対稼げるようになって幸せにしたい!と強く思いました。

アフィリエイトをはじめる

affili

いざアフィリエイトを始めよう!会社を辞めよう!!と思っても、いきなりは無理です。

最初はサラリーマンとの両立です、当然。
いきなり給料以上稼げる天才ではないので、私は。

しかも、アフィリエイトに最初は半信半疑でした。
そもそも胡散臭い業界だと思っていたので(笑)

アドセンスは実際に稼いでいる後輩が会社にいた事と、
ある程度のGoogle信者だったこともあり、疑いはありません。

しかし・・・

情報商材?名前からして怪しさしかない!!!

当時の率直な感想。

最初に買った商材も、買うまでに1,2週間悩みました。
いろんなレビューページをみて、販売ページを何度も読んで・・・

それでも購入せず、次の日にもう一度同じ事を繰り返す。

価格は22,800円。

決して安い買い物じゃないです。
しかも、胡散臭い業界ですし(笑)

2週間後に決心して購入する。
PDFをダウンロードして、開く・・・

ホント、この瞬間はドキドキでした。
詐欺だったらどうしよーって。

開いてみたら・・・結構すごい。
「なんだこれ、教科書かよ」って思いました(笑)

そこからはもう、読みまくりました。
そして、ひたすら実践しました。

あれだけ迷っていて、疑っていたのに、初めて見るとはやいはやい。
ゴムをひっぱって離した時みたいな加速。

そしたら、いつの間にかこんなサイトができあがっていました(笑)
そりゃ最初は苦労しました、自分で全部やるのって。

最初の3ヶ月ぐらいは収入のことなんか考えずにやってました。
その”教科書”にそう書いてあったってのもありますが。

ただ、そのおかげで今があります。
本当に、この世界に飛び込んでよかったと思っています。

私が最初に選んだ商材はコレです。

サラリーマンを辞めてアフィリエイト専業時代へ

会社を辞めると決めてからは、本当にスッキリしていました。
辞める直前はストレスなさすぎて、会社辞めるのが少し惜しくなったぐらい(笑)

ただ、決めたからには本気です。
そして、最高の人生を送りたいと思っています。

アフィリエイト専業は、現在進行形ですし今後辞めるつもりはありません。

なぜなら、とても楽しいからです!!

楽しいと言っても、常に稼いでいるわけではなく、
失敗したサイトや途中で投げ出したサイトもたくさんあります。

それでも続けてこれたのには、やはり楽しさと
会社を辞めて本気になって継続していることが大きいです。

「デザインにこだわりすぎてもダメ!」とか、偉そうに語ったりしますが、
私自身が、デザインにこだわりすぎて2日費やすとかやらかします。

後から気づきます・・・フッターとかこだわりすぎても意味がない!(笑)

それでもやはり、会社を辞めて独立したからには
サラリーマン以上のお金は稼ぎ続けたいし、自信を持って友達や元同僚にも説明したいです。

そしてなにより、時間をもっと自由に使いたいです。
もっともっと旅行とか、ふらっと城めぐりとかしたいです。

心の底から「人生充実している!」と思えるように、今を生きようと思います。

あなたの最高の人生を決めるのはあなたです

最後となりましたが、
あなたがここを訪れたということは、多少なりともネットビジネスに
そして、アフィリエイトというものに興味をもっているからでしょう。

あなたの最高の人生はあなたが決めるべきです、
いや、あなたしか決めることができません。

私は最高の人生を送るために、アフィリエイトに参入しました。
そして、「最高」には到達していませんが、
以前の自分と比べて格段に「良い」と断言できる人生です。

死ぬまでには「最高」の人生に昇華させます、絶対に。

「死ぬ時に『幸せだったな』と言える人生を歩みたい」
よく聞きますが、私は・・・

「死ぬまでに『最高』と心底言える人生を歩みたい」です。

アフィリエイトというのはそのぐらいの魅力があります。
もちろん、誰にでも(友達、両親)紹介できる健全な商売です。

飛び込むまでに時間がかかっているかもしれません。
でも、全然いいと思います。

小さい頃のプールや海なんかと同じです。
最初は怖い、でも入ってしまえばこっちのもの。
※泳げない人はすいません

あなたも、自分の人生をより良くしたい、
お金や時間の面でもっと自由になりたいと思っているのなら
思いっきって飛び込んでみてください。

きっとおもしろいし、入ってよかったと思ってもらえるでしょう。

最初から、会社を辞めるとか起業するとか、
そんな大きな夢じゃなくてもいいんです。

 ・お小遣いを月10,000円増やす
 ・○○を買うための50,000円を稼ぐ

飛び込む理由はなんでもいいと思います。
それが最終的にあなたの最高の人生につながれば。

そのお手伝いができればと思っています。

さいとうからのさらに熱い、ちょっとうざいメッセージ

このページは自己紹介なので、書いておりませんが
アフィリエイト通信にはサポートポリシーがあります。

いろんな紹介ページがあるけど、どこから買おう・・・
アフィリエイターに質問したいけど、誰に聞こう・・・
迷っているのであれば、一度覗いてみてください。

さいとうがどのように購入者さん・質問者さんをサポートしているのかを
これまた熱く語っております、少しうざいかもしれません(笑)

しかし、
サポートポリシーはすごく大切です、絶対に必要です。
稼ぐ系アフィリエイターは、サポートがつきものです。

購入してもらって「はい、さようなら~」なんて
アフィリエイターは最悪ですからね、てか商売するな。

ネット上のことなので、リアルより信頼が大切です。
販売者に任せっきりのアフィリエイターなんて最悪です。

買ってもらった商材によって、特典などは異なってきますが、
「さいとうがどんなサポートをしているか」がわかります。
また、質問にどんな想いで答えているかもわかります。

もし、さいとうに少しでも興味を持って頂けたのであれば、少し覗いてみてください。
さいとうからのちょい熱メッセージとこのサイトでの想いを語っております。

お知らせ

ここまで読んで頂きありがとうございます。
超長い、自分語りすいません。

少しでも興味を持って頂けたのならば、
以下のフォームからメール講座にご登録ください。

アフィリエイトのおもしろさと稼ぎ方がわかります。
初心者の方向けなので、なにもわからなくても大丈夫です。
むしろわかっている人にはおもしろくないかも・・・
(おもしろくない!とおもえば、すぐ解除できます。)

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